あたまのなかみ。

※全て個人の見解です。どんな意見でも貰えたら喜びます。基本→人狼ゲームについての考察。稀に→ふと思ったこと。

2026修論の午年、末脚!

年始も年始、1月にしてもう末脚が出てしまうくらい、後が見えてないのが目に見えますね…。

 

修論…。

 

『管理会計論』

『ゲーミフィケーション』

『非認知能力(ソフトスキル)』

『人材育成』

『評価制度』

 

研究内容は上記のものメインで進めています。

もしこれらに関連のある事業をされている方や、興味のある方、こういう研究の結果・過程・思考・その他気になることがある方いらっしゃいましたら気軽に声をかけていただければ、話すことが研究の進展に繋がったり、次の指標になったりしますので、是非よろしくお願いします。

 

とはいえ、大学院に入るタイミングではお固く『予算管理』についての研究をしようかと意気込んでおりましたが、やはり興味を全面に押し出した研究の方がモチベーションは凄い…。

 

特に大学学部生の時と比べて、院進してから気付いたことが1点

 

▶︎自分の研究したいことをとにかく考える

 

これです。

これは自身の思考に準えての反省点でもあるんですが、日本人ってとある自分が見える範囲の枠組みから逸脱した行動や選択を取りたくないと思いがちな面があると思います。

どちらかと言うと個人的には払拭している方だと自認してますが、それでも感じるものがあります。

 

それは、『自分がまだ見ぬ領域について』への選択・進展についてです。

 

言語化が難しいところではありますが、自身の経験に基づいて話すと、形式上大学院に進むには、まず選択する科があって、そこにあったテーマを準備しなければいけない。

そこに相応しい研究内容で、ある程度どういう見通しがあるのか、などを準備したが、これは高校入試や大学入試にある、既に用意された問題に対して頭の中で予行演習を行い、合格の基準点=自分が想定したボーダーを達成しているとそれで良い。と思うこの思考こそが『勿体ない』を生み出すと感じました。

 

最初は『予算管理』という事象、それを使った研究に対して、多少の興味はあれど、それを博士までやっていくビジョンは見えていませんでした。

 

要は頭ごなし、試験突破の為の材料でしかなかったわけで。

 

これが結局は時間の無駄だったなと感じました。

回りくどい事をしたなと。

 

結局、(内容は飛ばして)教授との飲みの場で今の研究テーマに変わったんですが。

そこからはやり方は不慣れな中、先行研究を洗い出して読み進めたり、他の人の研究手法が気になったり、実際に自分が知りたいことに首を突っ込んでいったり、もちろん脱線も多く、寄り道ドンと来い!のスタンスで毎日を送っていますが、全体的に『研究』に対してのモチベーションが下がらないということ、これが一番大事な事だと気付きました。

 

これは横道に逸れる話ですが、もっと早く気づけばよかったなぁと思うことは皆さんも多々ある事でしょうが、私は『今気付けて良かったな、現状最速で気付けた。』と思うようにしています。

過去には帰れないし、後悔してる暇無いですからね。

 

話戻ると、結局はやりたいことをやりたいと思ったタイミングで動いてやる。

『興味』を凄く大切にした方が、何事も伸びると感じています。

これは経験論でしかないですが、私は0or100の人間で、やりたくない事は何かと言い訳を付けてやってこなかった、やりたいことは何がなんでもやろうとした。

 

 

やりたいことをやろうとした結果、上手くいったことが多かった。

やりたくないことをやらされた結果、上手くいくことはなかった。

 

 

結局この経験に基づく思考過程があるので、一概に何をやれとは言えませんが。

 

 

万人に通じる訳ではありませんが、私の扱う研究テーマに沿って『ゲーム』で例えても同じことが言えます。

 

ゲームにも様々なジャンルがあり、得意不得意、好き嫌いなどが出ると思います。

ジャンルによっては勝敗が着いたり、協力・仲を良くすることがメインのものであったりするものも最近は多いですね、そういった『ゲーム』というカテゴリーですが、私は少なくとも400~500作近くのあらゆるゲームを触ってきて、自身の思う楽しむを目指してやって来ました。

 

私は数をこなしていく上で、物事のコツを掴むのが早くなったと感じています。

 

これは元にある思考として『私の思う楽しみ』=『勝敗の着くゲームは勝利こそが楽しみ』という思考に基づいています。

 

勝ってはじめて楽しいが来る。

 

もちろん、例外になるゲームもありますが、ここで固有名詞を挙げるとするならば、カタン・宝石の煌きなどのボードゲーム、手軽なところで言うと、トランプの大富豪やマリオカートなどのデジタルゲームでもそう。

 

勝つためにはどう動けばいい?

という思考が即座に働きます、その思考をした上で負けるとすごく印象に残り、何がダメだったのか、どの盤面でどうしたら勝てたのかを脳内再現します。

 

俗に言う、予習・復習みたいなことを勝手に脳がやるようになっていました。

 

もちろん、上手い人のプレイングから学ぶこと、自分が構築した理論に基づいて行動すること、トライアンドエラーが積み重なって出来たのが現状の私自身です。

 

結果は割と『ゲーム』(アナログ分野)においては過不足ない思考力があり、簡単には負けないプレイヤーが完成しました。

 

付き合いや社会経験の中で、もちろん勝つことだけに重きを置いたプレイをする訳では無いので、その辺は臨機応変に遊びますが、そこにいる多くの人が感じる楽しいを提供できたらなと思いながら遊びます。

結果、類は友を呼ぶという言葉もありますが、それに近しい事象が喜ばしいことに起きてくれています。

 

勝つことが楽しい!と思えるプレイヤーで且つ負けてもなんで負けたんだろう…を考えること、これが楽しみになっているプレイヤーが最近は多くなってきました。

 

個人的な意見ですが、こういうプレイヤーが増えて欲しいですね。

 

理由としても経験談ではありますが、そのコンテンツ(ここではゲーム)にどれだけの時間を割いて、力を注ぎ込んできたかで、そのゲームで勝利した時・敗北した時の感情の揺れ幅が大きくなると思います。

 

これはスポーツもしくは文化部でもそうですが、何かを競い合った経験がある人は感じると思います。

 

『興味』をスタートとして、何かをはじめ、熱量をどれだけつぎ込んだかで楽しみ方が変わる。

上手く昇華できたらそれが成功の形であり、次のステップを目指すタイミングになる。

 

 

 

うーーーーーーーん。

 

ここまで長々とつらつらと文章を書いて、手は止まらなかったんですけど、まとめるのが苦手だよなぁと思いつつ。

 

会話でもそうなんですよね、脱線したら元いたところに帰れないというか。

 

ただ、まとめるのも練習なので以下まとめていくと…

 

 

 

物事の発端は『興味』

 

やりたい事なのかやりたくない事なのか。

ここで言う、やりたくない事には知らない事も含まれることが多いと思いますが、ここでは議論しません。

 

まずはその『興味』があること、『興味』が出そうな事を見つけること、からでもスタート地点としては間違いではないでしょう。

 

皆さんのやるべき、私が思う正解は、『やりたい事をやる事』です。

 

今の時代は何かと言い訳をつけて、やりたいけど何かがネックでやれない、やれないからこれにしようという妥協に塗れている気がします。

 

勿体ないなぁと。

 

せめて自分の周りにいる人達だけでも、仲良い人達だけでも、現状最速で良い方向に気付ける人になってくれたらそれが嬉しいなぁと思うばかり。

 

さて、やりたい事は2025にて見つけたはずの赤木さんですが、今年は修論書かなければいけませんね?

 

義務感には弱いですよねぇ…。

 

これを興味で乗り越えるべきです、乗り越えるというより楽しみながら…

あれ?気付いてたら終わってた?!ははっ!

くらいのテンションで終わってくれるといいなぁ

来年には博士過程に進んで順調に、順風満帆に事が進めばいいなぁと思いながら、この『あたまのなかみ。』も寄り道のひとつ、休息の楽しみにしながら、2026を送っていきたいと思います。

 

さて、今年はどんな年になることやら。

 

祐徳稲荷では大吉だったのでね、神様に良い感じにあやからせてもらいたい所でございます。

 

 

自分にとって良いことを。

 

我が振りブーメラン

古典とか、昔の習わしがとか、そういうのめちゃめちゃ嫌いなんですけど基本的には。

 

『他人のふり見て我がふり直せ』

 

これね。

 

これすごい。

 

最近刺さる刺さる。

自分にも刺さるし、俯瞰して周りみた時に、「あぁ、貴方刺さってますよ」って言ってあげたい人結構いる。

 

最近の例を挙げると感情的になってしまいそうなのでそれは一旦置いて。 

 

我が振りを治す時ってどうしても冷静で且つ第三者目線で改めて自分を見直す時間が無いと治せないんですよ。

 

これに時間がかかるか、すぐ治せるかは割と人それぞれですけども。

 

俯瞰力、個人差があります。

俯瞰してたとしても、その第三者視点を務めるのは自分なので、結局第三者視点での意見出しに偏りがあるといい方向には治らないんですよね。

 

嗚呼、難しい。

 

これのレベル上げをする為には、『他人に興味を持つ』ことが最短ルートな気がしていて、現状、他に振り我が振りだなぁって思わせる人が他人に興味が広くない・深くない人という事に共通点があります。

 

まとめて言語化すると『第三者として俯瞰する場合に、なり得る人物像のレパートリーが少ない』という所でしょうか。

 

自分の体験を増やすか、他人に興味を持ってそこから何かしらを得るか、をしないと受動的だけでは広がらない視野の部分な気はするので、コミュニケーションってやっぱり大事なんだなぁと。

 

ちなみになんでも略しちゃうこの時代ですけど、他に振り我が振りの簡略は「ブーメラン」に尽きてしまう。

 

まぁこれ以外にもあるけど、煽り文句過ぎるだろブーメラン。

投げた本人にも再度ブーメランしそうで使い方難しい武器すぎるけど。

 

お喋りだったり、色んな話を色んな人とする機会が割と多くある人種のはずではあると思うので、今後も、(あっ…今の他に振り我が振りだ…。)とか思うこと多いだろうけど、それでも縮こまらずに色んな幅広げていきたいなぁ…。

 

 

と思った昼、空腹時の戯言でした。

 

 

お腹を満たせばもう何も考えられなくなるはず

 

 

今日は美味いもんを喰らうんだ…。

らいく or らぶ ?

ビッグマムみたいやな。

LIFE or SLAVEみたいな。

 

好きなのか好きなのかみたいな感じですけど、好きにも色々あるよねみたいな話で。

 

アンミカさんになる気は無いですけど、個人差はさすがにあるので現段階の個人定義さえここにメモ書き出来てればいいなぁ。

 

言語化の練習だと思ってメモ。

 

▶︎LIKE

 

単純に好き。

自分なりの言葉で簡潔にまとめると

「一緒に遊びたい」で完結。

主催会などイベントありますけれども、あれは全て好きの塊みたいなものですからね。

 

遊ぶにも沢山あるから難しいけど、その時その時の気分で何を遊びたいとかじゃなくて、その人と遊びたいという気持ちになればそれはLIKEの域に入ってますね。

 

自分の中ではLIKEの範囲はかなり広いような気もしている。

LIKEの中でもちゃんとした順序だてはあるけれどもそれ以上に噛み砕くフレーズがないからLIKEに纏まっているに過ぎない。

 

 

▶︎LOVE

 

まずLIKEとLOVEを別物だと捉えるのか。

LIKEの進化系がLOVEだと捉えるのかでまた違う気がするんだよなぁというのが感想。

 

前者の別物として捉えるならば、一言で簡潔に表すと「信頼関係が成り立ったと判断した相手」がベストかなぁ。

 

越えるべきラインがありますからね、パーソナルスペースだったり、時間だったり、あらゆる要素が詰め込まれているけれど。

 

後者、LIKEベースの進化系であれば、「一緒にいたい」がまとめになる気がしている。

 

実際にサークルやイベント運営などをしている上で、遊ぶ為に集まるメンバーで、遊ばないけどとりあえず集まれる相手って中々希少な相手だと感じる。

 

その中には気を遣わないであったり、相手の気持ちがわかることであったり、様々な要因が含まれているだろうけど、ひとまとめにするとそんな感じなのかなぁと。

 

振り返ってみると、かなり人には心を許してしまうタイプではある。

あんまり身近じゃない人には伝わらないけど、言われた事とかはすぐ信じてしまうタイプだし、騙されやすい側の人間なんですけど、自衛大事。

 

前からすると人を信頼することに少し躊躇するようになったかなぁって振り返りが見つかって、自分が冷たいヤツだなぁと思ったりもする。

 

もっとたくさん支えてくれる人が出来たらいいな2024。

求めるものと好きなもの1

多分求めるものってみんなに問いかけると、ほとんどの人が、欲しいものとか好きなものを挙げる気がする。

 

それは推測の域を出ないけれども、多分そうで。

 

求めるものを最近考えていて、最近は相反するものや別に好きでも無いもの、むしろ嫌いなものを求めていることに気づいた。

 

生きづらい。

 

この対処法を見つけながら生活してればいいんかなぁと。

 

1.仕事

 

欲しくもねぇ、したくもねぇ、金さえあればやってねぇ。

 

まさにこれ。

なーんでやりたくもない事を探す事に時間かけてんだと自分をバカにしちゃうくらい嫌い。

 

これの解決方法は実際見つけてる気がするけど実行できてない、できない気もしている。

ヒントは何のために金を得ているかに着目してみるといいかも。

 

 

2.不変

これは最近特に思うこと。

求めてるか求めてないか分からないけど。

変わらないでいて欲しい気持ちと変われと思う気持ちの相反した気持ちが同じ場所で起こる我儘の発生。

感情のコントロールでどうにでもなる気がしているけど、みんなもあるのかな。

 

あるところでは嫌いだけど求めてしまう何かは不思議。

 

 

3.安定

 

今はメンタル的な部分でなのかなぁ

今までは移り変わったり、新しいものに挑戦する労力に体力がついていってたけど、もう気付くと安定志向に走ってる。

 

一旦何事も置いておいて、直で判断しない。

もっとぽっと出で飛び出したいんだけどねぇ。

 

これもメモ書き。

いつか安定は好きじゃない自分に戻れたらいいな、昔の自分の方がまだ好きだった。

 

 

パッと思いつくのはこれらかなぁ。

全て求めているけど、好きでは無いもの。

 

逆もまた然り、好きだけど求めては無いものってあるんだろうなぁ。

今は出てこないけど。

 

正解までのプロセス①

とりあえず、このタイトルで様々な事象を書き進めていくこととする。

 

途中で題材が変わるかもしれないが、大元はこのタイトルで大丈夫だろう。

 

 

議論内容1:【常識=正解】ではない

 

 

これを1見出しとして書いていく。

 

しかし、【常識=正解】である。

これもまた私の結論である。

相反する答えだが、これを説くのはこれから。

 

 

あなたにとって常識とはなんだろうか。

 

▶︎常識・・・健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。

 

と述べられている。

では、健全な一般人とはどういう定義だろうか

普通の知識とはなんだろうか。

 

そこに疑問を持ったことはありますか。

 

7~8割の人間がそう思っていれば常識、と簡単に言えばこういうことなのでしょう。

 

確かに、日本人には特にこういう状態は強く、好まれるのかもしれません。

それが正しいのかはさておき、あの人もやっているからやろう、この人が言う事をみんな支持している。

という、多数派の意見に取り残されたくない意思がひしひしと感じられます。

 

これが日本の国柄のひとつだと思います。

 

特にこれが善だとか悪だとか言う気はそうそうありません。

 

見出しどおり、その多数派の意見、所謂"常識"と言われるものを正義と振りかざして、あたかも正解のように振舞っている世間が間違っていると言いたいわけです。

 

全事象が間違っている訳では無いので、よくSNSに蔓延りがちな勘違い民の為に言っておくと、常識が正解に繋がっている所ももちろんあります。

正解とは時に結果論の場合もあるので一概には言えません。

 

ここでの常識=正解ではないという主張は、あくまで、『必ずしも』常識=正解ではない。を説いているのです。

 

 

 

▶︎1.日本人における常識の価値観

これ大事です。

 

常に都合がいいなと思います、これは無論自分にも当てはまることがあるので耳が痛いですが、「あの人がやってるから」「隣の人もそうだから」「友達が言ってたから」これ都合良いですよね。

 

いかにも多数派の意見であるように押し付けをしてくるのです。

 

前述したとおり、7~8割の人が同じ気持ち、同じ考えを持っている場合それは常識と見なされるでしょう。

 

常識をどこまで通すのか。

 

自分の常識と人の常識が合わない時は価値観の相違だけでなく、習慣に影響を及ぼしたり、もちろん人間関係にも波及します。

 

例えば家庭で2人の意見の出し合い、相違があった場合、耳にするのは他人の家庭の話や過去育った家庭の話。

 

この時点で間違いなんですね。

結果からすると。

 

そもそも人間一人一人異なる生活、異なる思考、異なる生物です。

目の前の人と話す上で、それ以外の第三者を引き合いに出すという考え自体が浅はかで、完全にとは言いませんが無関係の話です。

 

2人で議論を行う場合に限っては常識というものは基本存在しないと考えています。

そこには0%,50%,100%しか存在し得ないからです。

 

2人の見解が一致すればその場の正解であり、2人の見解が食い違えばそこに議論が発生し、見解が合う正解が見つかるまで議論をすれば良い。

そこに第三者を引き合いに出すのは合理的ではありません。

何故ならそう考えるのは自分自身だから。

 

しかし、もちろん第三者を出していい場面は存在します。

それはその第三者についてお互いの理解が一致している時です。

これは有名人であれ、身近な人であれここをクリア出来ていれば、常識の引き合いが出来ます。

ものさしは必ず尺度で測らなければ正確ではないのです。

 

 

 

▶︎2.正解の在り方

 

多数派を正当とする風潮は長い間歴史をかけて作られた日本の常識的なところがあるため、染み付いてしまったことは仕方がないですが、本来正解であるべきなのは《自分自身の行動・思考》であるべきです。

 

これは問題視されている部分ですが、言われないと行動ができない人(指示待ち)が増えています。

何故これが多いかと言うと、結論は指示されたことが正解だ、と思って行動している人が多いからです。

 

では何故それが増えるかというと、失敗を恐れる気持ち、間違いを犯したくないという気持ちから起きている場合がほとんどです。

 

もっと深掘りしましょう。

何故失敗を恐れるのか、間違えたくないのか。

 

ここからが大事なところです。

常識外れ、この言葉、凄く成長に邪魔だと感じています。

ただよく日本人は成功した人々に常識外れの〇〇、並外れた〇〇だと言います。

 

それは何故か、その人らが常識外れの価値観を持ち合わせていた訳ではありません。

 

自分が信じる道を自分自身の行動や思考になぞって成長を辞めなかったから。

 

今現在、メジャーで活躍されている大谷翔平選手がとてもいい一例だと思います。

気になる人は調べてみてください。

 

ここでの結論は"自分自身の常識"は一種の正解である、です。

 

 

 

▶︎3.正解 vs 正解

 

自分自身に正解は隠れています。

 

それでも指示待ちをするという選択肢もあなたの中での正解になるのかも知れません。

行動自体は変わらずとも中身が自分の判断を伴ったかどうかで変わります。

 

人間は人との関わりを切っても切れない生き物です。

 

正解を持つAさんと正解を持つBさん、どっちが正しいのか、ここが難しいところですよね。

 

結論から言うとどっちも正しいです。

ただ、皆さんはよく議論の仕方に間違いがあります。

最初に立ち返りますが、あの人が言うからでは相手は納得できません。

 

必要なのは根拠と過程と想定される結論です。

 

折れる必要も特段ないですが、良好な関係値を築くには臨機応変な対応が必要とされるところです。

 

漫画やアニメを見ていたらこういう描写はごまんとありますね、ワンピースがまさにそうです。

是非見てみてください、考え方や思想とかで好きなキャラクター、似たキャラクターが見つかるかもしれません。

 

 

 

▶︎とりあえずまとめ

 

【常識=正解】という考え方を一旦捨てた上で、常識とか何か、正解とは何かを自分自身で理解した上で言う【常識=正解】は成り立つという結論。

 

ここで重要なのは、正解に至るまでのプロセス。

 

そこに至った根拠、原因、事象、見えた仮説、取捨選択など、要素が詰まった中で自分がそれを何故選んだのか。

 

そこを上手くコミュニケーションで人に伝えられると120点ですね。

 

 

つらつらと、また疑問が湧けばここに。

 

世の中の"何故"は人を成長させる最大要素ですから。

2年ぶり、飛行機の中、2021を

2022になりまして、2021にはてブロ一度も書いていないことに気付きました。

 

たまには文章整理したくなるものなんですけど余裕の無い年だったんだと思います。

 

1月、ギャンパラのスタッフになることが決まる

 

2月、ギャンパラがプレオープン、多忙

 

3月、ギャンパラグランドオープン、コロナ禍の春休み

 

4月、4年生が始まる、とりあえず対面スタートを切れた、楽しかった

 

5月、地獄の月、うつ病発症、パニック過呼吸起こしまくり、救急搬送2度

 

6月、実家で誕生日迎えたのかな、実家療養してたかな、オンライン講義にはなってた。

 

7月、テストは無くレポートに追われるがそれどころではない精神不調に襲われ続ける

 

8月、だいぶ安静になってくる、福岡に戻れるくらいには

 

9月、後期が始まる、スタートはオンラインだが対面に戻る準備が始まる。

 

10月、対面再開。バイトも少しずつ出来るようになってきた。

 

11月、症状は出なくなってきた、だいぶ普段通りに戻ってきた。

 

12月、いい年末を迎えられた。楽しかった。

 

一年間を簡潔に振り返るとこんな感じで、半年以上うつ病、精神的不良に悩まされる年だった。

 

でもまぁ経験のひとつとしては学生のうちに体験しておいてよかったと思う。

 

社会人になってからこれらを対処するのは割と仕事をしながら出来ることじゃないと感じたので、鬱への対処法を持った状態で社会に出れるのは若干の自分の強みになっている。

 

いやぁ、でもまぁ日本人の悪い癖で人を優先しようとしたり、気を遣うだったり人間関係ありますけど、一番は自分を大切にするところからだと改めて気付かされました。

 

自分の身体にガタが来てから気付いても遅いことがしばしばありますが、気付けて、完全ではないけれども改善出来て良かったと思います。

 

実際に精神不良を治すためにまだまだ療養中で薬を飲み続けている日々で、飲酒が制限されていたりという枷がついてはいますが、それ以外に不自由はあまりなくなりました。

 

精神的に不安があると発症するので、ワクチン接種等の時も若干症状出てきましたが、何とか持ちこたえましたし、今も札幌への卒業(?)旅行の飛行機の中でこのブログを書いています。

 

みなさんも振り返る際に、自分がいかに自分から大事にされているかを振り返りのひとつの指標にしてみてください。

 

足りないなぁと思ったら、この年は自分に少し休息を与えてあげてはどうでしょうか、自分が思っているよりも身体自体は意外と脆いもんですよ…。

 

是非、読んでいる皆さんが精神的にも健康な2022にしてもらえればなぁという2021アカキの振り返りでした!!

 

精神衛生を良くするためにも是非社会人になるアカキと今年も沢山遊んでくださいませ!

記事を読む。記事を書く。

貴方は今、この記事を見ました。

 

これから読もうとしています。

字を読むことが好き、嫌い、得意、苦手、色んな人がいると思います。

 

字を読むことにはなるべくプラスなイメージを持って欲しい。

 

そう思いながらこんな記事を書いています。

 

 

記事っていうよりその中身の字が大事ですね。

内容を理解する、みたいな事ですかね。

 

 

それでは今回は以下のような形で…

 

ーーーーーーーー目次ーーーーーーーー

▶︎字を読む、とは。

▶︎字を読むチャンスは?

▶︎字を書くの苦手…。

                                  の3本でお送り致します。

 

(´-`).。oOまとまるかな?(不安)

 

 

 

 

▶︎字を読む、とは。

 

世の中には沢山表現がありますよね。

 

その中の一つが【字】であり、言葉であったりします。

 

本題とは逸れますが、字に関して私自身幼い頃から深く付き合っていて、習字をしてきました。

 

中学生の時には既に日本習字成人の部を履修しながら、高校生になった頃には師範免許を取得。

 

ただ、集中力を身につけて欲しい、コツコツ頑張って欲しいなどの注文を先生や親から受けていたんですが、字がうまくなること以外は身につきませんでした…。

 

他にも、音楽にのめり込んでいたり、バンドを組んでいた時なんかは『歌詞』を読んだり、心に残った歌詞をノートに書いたりしてました。

 

皆さんもきっと心の中に残るものはあることでしょう。

 

 

本題に帰ってきました、字を読む。

 

私は今の時代、活字だろうが電子だろうがどちらでも構わないと思います。

 

ただ、今の私達の世代は圧倒的語彙力の低下、というよりそもそも知識が身に付いていない人が多いと感じます。

 

感じる場所は様々、みなさんも身に覚えがあるんじゃないでしょうか。

 

一番顕著に感じるのは、連絡を取り合う時の言い回しです。

 

言葉での直接的なやり取りよりも、最近はSNSの発達により文面での会話が多い傾向にあります。

この連絡の時に首を傾げるシーンが多々あります。

 

もうこの1年で首の骨が右90°に固定されるんじゃないかってくらい傾げてますよ。

 

愚痴はここまでにして、字を読むことで知識は付きます。

 

ただ、読むだけでは時間の無駄。

 

自分のためだと思って理解しながら読んでみてください。

 

分からない事があったら、知ってそうな人に聞く、今ならネットで調べ放題。

そのままにしておかないことが大事です。

 

そして半分くらい理解しながら読んでみると、しょーもない記事でも少しは面白く感じますからꉂ ( ˆᴗˆ )

 

 

 

 

 

▶︎字を読むチャンスは?

 

そんなんどこにでも転がってますよ!

って放り投げるのは簡単なんですけど…。

 

 

自分の好きな物から選択してみてください。

 

 

例えばTwitterの繋がりで言うとアナログゲームジャンルに精通している方が多いので、それを題材にすると…

 

【説明書】とかでもだいぶ違います。

 

作品毎についてる説明書ですが、会社ごとに言い回しが違ったり、宣伝文句が一味二味面白いものが使われていたり、大変勉強になります。

 

ここの【字】は人にどう思ってもらうか、面白さを伝えるか、惹き付けられるかのポイントを学ぶことが出来るはずです。

 

 

先程もだしたワードですが【歌詞】

 

これもすごく勉強になります。

 

以前Mステで某有名アーティストがある記念の楽曲を制作する際、同意義語辞典を読んで歌詞を創ったと言っていました。

 

今までも人の心を揺れ動かす、響いてくる歌詞を手懸けていたアーティストさんでしたが、その拘りのあるフレーズは「聞いたことがない言い回しや言葉なのに何故か理解ができる言葉」のように感じます。

 

よく私も使うんですが、「しっくり来る」って表現したくなる言葉です。

 

普通生きてたら、《片恋風》なんて単語使いませんもんね。

 

 

他にも歌詞には独特な言い回し、表現、そしてその歌手の特徴が現れるのですごく面白いですよ。

 

オススメの字を読むチャンスです、音楽を聴きながらだと苦手だと感じる人も少ないでしょう。

 

 

あとはよく言われますが【本】ですね。

 

本が説明難しいんですよ、小説に論文、絵本にマンガ。

様々な書物が転がってますからね。

 

チャンスしかない。

 

 

逆にそこらにありすぎるせいで読みたく無くなるのかもしれませんね(笑)

 

本に関しては、自分が苦としないものを選んでみてください。

 

ジャンルで全然違いますから。

 

手に取る場所にも一人で行けない時は誰かにおすすめを聞いて、Amazonや楽天ブックスなどでポチってみるのも手です。

 

 

 

 

 

 

▶︎字を書くの苦手…。

 

 

最近まだ全然自覚も焦りもないですけど就活生になってきてるんですよ。私。

 

 

そんな時周りでよく聞き始めるのが、書類。

 

字がうまくなりたい、人前に出せるもんじゃないし、下手したら読めないんだよなって不安がってる人も見受けられます。

 

そういう人たちはまだ救われます。

 

自覚があるから。

 

ヤバいのは読めない字を平気で人に提出できるタイプですよ。もうどーしようもない。

 

 

字を書くコツは《お手本を見る》に限ります。

 

正直これさえやれば上手くなります。

 

何でもそうです、やり方以前にゴールが分かってないと何を目指していいか分からないから。

 

 

上手くなり方は人それぞれです。

 

 

書き物の持ち方だったり、姿勢だったり、まず字を書き始める前の段階で揃ってない部品がありすぎます。

 

 

そこが揃って始めて書く練習。

 

基本の止め、はね、払い。

 

習字も毛筆、硬筆、ペン部など色々な形態がありますが全て共通してます。

 

 

(字を上手くなりたい方はぜひ個人特訓なら自宅で毛筆セットもペン字セットもあるので、やる気と紙さえ持ってきて貰えたら指導できます。)

 

 

なんでもやる時は基礎ですね。

 

すっとばかして応用、練習問題ばかり解いてもテストでいい点取れない…。コンスタントに結果出ない…。となってる人いくらでも見てきたんじゃないですかね。

 

そうなりたくなければ基礎を覚えるのなんていつ始めても遅くないんです。

 

なんなら始めたい!って思ったその日に始められたら一番早い行動なんです。

 

思い立ったが吉日、ですよ。

 

 

なんやかんやでつらつら書いていたらいい字数になってきましたので今回の久しぶりのブログもここらへんで。

 

 

次回はお題箱を貰ったので、コロナ関係だったり、なんだったり…。

 

 

空き過ぎない期間で更新していきたいと思います、それではどうかまた次回も

 

 

 

よろしくデス(*`・ω・*)ゞ